チビの自転車選手が少しでも速く走れる可能性について
<身体の大きさが物理的な感覚の違いをつくりだすこと>

 

水はネバネバで空気はヌルヌル
 こんな話を知っているだろうか。
小さな虫にとって、水はゼリーみたいにネバネバした物質であるということを。僕らにとって、あくまでもサラサラと流れる文字どおり「水のようなもの」でしかないあの水が実は虫にとってはネバネバゼリーだというのだ。水滴は小さく丸い形にまとまる。つまり、水という物質は小さな局面では粘性を発揮するらしい。そのため小さな虫さんたちにとって水を飲むことは身体や脚についたネバネバゼリーをペロペロ食べるに等しい行為だという。
 さて、そんな小さな生き物の世界では、水だけでなく空気さえも粘性を持つヌルヌルとしたものであるらしい。水と空気は流体力学でいうところ同じ性質を示すらしいから、まあそれはうなずける。では、小さな生き物にとって空気がヌルヌルしたものであるというのはどういうことか。それはアリが100mの高さから落としてもケガひとつしないということや、小さな虫や鳥が「大気という海」の中を泳いでいる事実である。
 小さな生き物は空気や水を粘りのあるものと感じ、僕たちとはまったく違った感覚の世界で生きているのだ。そんなわけだから、ときに赤ん坊がビルの上から転落して無傷であるのも、ヌルヌルヌルと粘った空気の中をナメらかに落ちて、地に着くからだと思うのだ。

 

この地球上で身長50mのウルトラマンはありえない
 身体の大きさの違いが、世界に対する感覚の違いとなることは他にもある。
 例えば身長3cmぐらいの小人が本当にいたとしたら、彼らはガリガリの昆虫みたいな足の細さでありながら、自分と同じ大きさの仲間を32人も肩車することができるし、身長の100倍の高さから落としても死なないし、僕らから見ると時間の感覚が早く短く駆け抜けていくはずだ。だから一分間の心拍数は200回ぐらいで、寿命は短いに違いない。
 逆に身長5mぐらいの巨人がいたとしたら、彼らはとんでもない体重を支えるためゾウみたいな脚をしているはずだ。そしてムキムキの筋肉デブなのに、巨人仲間を五人がかりで一人しか持ち上げることが出来ないし、1mの高さから落ちて大ケガをする。さらにスローモーションのような動きと喋りで、心拍数は一分間に10回ぐらいで長生きである。つまり、物理的に考えると身長50mのウルトラマンがあんなにスリムな体格であるのは、背中にチャックがついているのと同様にめちゃ変なことなのである。

 

チビ選手はヌルヌルをかきわけて進め
 変な話である。でも、これは地球上では本当に理論的なことなのだ。大きさの違いは、「流体」「物理」そして「時間」に対してこれほどまでに影響を及ぼすものなのだ。
 そんなふうに、よく考えてみたら小人でも巨人でもない、僕たち人間のチビとデカイ人でもそれなりの違いは確かにあるはずだろうと思う。例えばジャイアント馬場のスローモーションのような動きと喋りは、身近にそんな理論があることの現れでもある。
 では、自転車選手である僕たちにとって、それはどういうことなんだろう。
1990年に日本で行われた世界選手権を見た26歳の僕が感じたことは、ポイントレースの競り合いで、ヨーロッパの長身の選手は上体も腰の位置も動かさず長い脚だけをきれいに回してスプリントしていたのに対し、日本代表の大野直志やメキシコのマニュエル・ヨシマツあたりのいわゆるチビ選手は上体や腰を激しく揺さぶりながら、まるでヌルヌルの空気の中を泳ぐようにスプリントしていたことを思い出す。確かに、チビ選手は大きな選手より脚が短いので、トルクを出すために腰から体全体を動かすという事実もあるだろうけど、決してそれだけじゃないと思う。チビ選手は空気の粘性を感じていて、それを少しでも利用して前に進もうとするあまり、身体をワインディングさせて海ヘビが海中を進むような推進力を作り出しているのではないのだろうか。
少し堅い話が続きましたが、今回の結論。
 「チビ選手は、長身選手に感じることが出来ない空気のヌルヌルを利用して掻き進むように身体をスイングさせながらペダリングしよう」ただし、激しく腰を振りすぎてレーサーパンツにウンコの筋がつくのだけは注意です。そうすりゃあなたも一流選手にすぐなれるはず。って、ほんまかいな。

 


追記>このコラムは我ながら自分で書いた中で一番興味深い話題だ。小さい生物にとって、水や空気はねばねばで、時間は速く流れていく。そう考えればいろんな謎が解けるなと。

★これ読者さんから→「知らなかったよ。確かにネズミは早送りしたような動きの早さだし、短命で鳴き声も高い音だね。ゾウは逆にゆっくりで長寿。でも人間の大きさぐらいでそんな違いってあるのかな。わかんないけど、理論をベースにして「あるかもしれない」って感じさせる説得力があるよね。面白い話だと思いました」