西成ではラスムッセンは変態オカマなのです

<ツール・ド・フランスを知らない人に説明するって難しい!>

 

啓蒙のため乗り越える「シロウト質問の恐怖」

 僕がやっているタクリーノというバーには、夜な夜な自転車好きの方々が集まり自転車談義に花を咲かせている。でも、僕がタクリーノを開いた目的は、実は自転車好きに喜んでもらうためだけではなく、自転車の楽しさを一般の人にも伝えたいという啓蒙的な意味もある。大げさに言うと、そうすることが僕に与えられた地道な自転車文化発展のための使命じゃないのかとさえ思うのだ。
 そんなわけで、地元の酔っ払いのオッサン(オッサンだけじゃなくオバハンも来ます)にも自転車の楽しさを知ってもらおうとレースのDVDを流し、ささやかな解説を試みようとするのだけど、これが一筋縄ではいかない。
レースの映像を見ていると炸裂するのが「シロウト質問の恐怖」というやつである。
 「あのタイヤは空気が入ってんの?」 これぐらいの質問は序の口である。当たり前やんけ。10気圧ちかく入ってカチカチやで。俺のあそこがビンビンになった時と同じぐらい固んじゃ! と一喝してあげれば、なんてこともなく納得される。
 「マスターもレースやってんねんやろ。ほんならやっぱり足太いの?」 そう言って、僕の脚を覗き込み、「細いやん」なんて言う。あのね。ロードレースの強さは足の太さと関係ないのよ。自転車=足が太い。そんな幼児な考えは捨ててえな。マラソン選手は足が細くても長距離は速いやろ。ロード選手も同じ。でも、まん中の足の太さは人それぞれです。
 「あんな自転車(ロードのことです)ってスピード何キロ出るの?」 ううう。この質問が一番困る。僕は即座に聞き返す。 平坦で? 登りで? 下りで? 追い風何メートル? それとも向かい風? 個人で? 集団で? 距離は何キロで? 平均時速? 瞬間時速のこと? カンチェラーラが? それともあなたが走るとして? すると「なんでそんなゴチャゴチャ言われなアカンの! 俺ただ何キロ出るか聞いてるだけやのに!」なぜか怒り口調になる。ううう。コミュニケーションって難しい。そんなわけで今ではクールな顔して「50キロぐらい」とだけ言うようにしている僕なのだ。

 

ツールをきちんと説明できる人はこの世にいるのか
 店で流れる映像がツール・ド・フランスになると「シロウト質問の恐怖」はマスマス激しく僕を襲う。
 「寝ないでフランス一週走ると死んじゃうね」とか「途中で休憩してもいいの?」とか「補給食はチョコレートを食べてもいいの?」 そんな気が遠くなるような質問には根気が必要である。決して熱くなってはいけません。例えば運動会の徒競走の途中で疲れたといって立ち止まったりすると、ビリッケツになっちゃうでしょ。休憩してもイイんだけど、みんな頑張って走るんだよ。と説明してあげよう。すると「あ! そういうことか!(ヒラメキ)」と理解してくれる。いま心が通じ合える喜びを感じることが出来る。
 でも、こんなことも言われた。「マイヨ・ジョーヌってパリでそれを着ている人が優勝ってことでしょ」そうそう。よくわかってるじゃないすか。「でもパリに着く頃には何人も袖を通してるからけっこう臭くなってるよね」 ガクッ(泣)。あのね。違うの。あれは毎日新しい物を着用するのよ~。お願い。わかってえ。
 そうかと思うとツールの映像を見ている一人が突然「ああ。女の人が走っている!」と叫ぶ。即座にもう一人が「ちがう変態がひとり走っとるんや!」と続ける。何のことかよくわからなくて画面を見入ると、そこには水玉山岳賞ジャージのラスムッセンが映っていた。あのね。あれは女の人でも変態でもなくって、マイヨ・ブラン・アポアルージュと言って、山岳で最高に速い選手が着ることが出来るジャージなんだよ。「するとなにかい。山で一番になったら、あの変態みたいな服を無理やり着さされるちゅうわけやな。それは罰ゲームとはまた違うのかい」ううう。権威ある山岳賞がぁ・・・。もうケイレン絶句状態です。
 そんな地元のオッサンが帰った後、モウロウとしながら洗い物をしていると、さらに別のオッサンが登場。気を取り直して、DVDを見ながらツールの説明をすること30分。「なるほどすごいなあ。フランス一周4000キロを3週間かけて自転車で競走するわけだ」わかってくれましたか! 「うん。マスターの説明がわかりやすいので、とてもよくわかった。でも、一つだけわからないことがある。何のためにこの人たちはそんなしんどいことをしているの?」再びガクッ。ううう。あのですね。例えば長島茂雄はどうしてミスターなのかといいますと・・・。ふううう。というわけで西成の夜は長いです。

 

 

追記>ラスムッセンは2007年のツールで活躍した選手なんですが、細身の体に水玉ジャージ着てると遠目に女性みたいに見えるんですね。でも顔のアップは男やしヒゲも少し生えているので、「女装趣味の変態が走っとる」なんて言うお客さんがいたのは事実なんです。僕らからすると権威のある水玉ジャージが知らん人にはドギツいコスチュームに映るらしい。