ニセ警察官に気をつけろ <その1> イタリアにて〈10〉

  僕は旅の最中、幾度かニセ警察官に出会い、金を騙し取られたり、酷い目にあいかけた。これから数回にわたって、僕が出会った世界各地のそんなニセ警察官について書いてみたい。


  僕が最初に洗礼を受けた記念すべきイタリアのニセ警官はこんなだった。


 ヨーロッパ放浪中、ローマでレンタサイクルを借りて海岸までサイクリングした帰りのこと。フリーウエイをローマに向かってエッチラオッチラとペダル踏みながら「今日は牛肉のカルパッチョ食いながら、発泡白ワイン、フリザンテでも飲んだろかい」とヘラヘラしながら乾いた風を受け、快走していると、突然、黒いBMWが前方に急停車した。


 「警察だ止まれ」


  みたいな事を口走るサングラスひげスーツの男が車から飛び出し、行く手を阻む。「なんですか一体?」と言う僕にその男は言った。


 「この辺りでテロが続発している。検問にご協力を」


 そんなことを言って男は警察手帳を見せた。イタリアの社会治安についてはよく知らない。でも、テロとか言ってるし、事情は何やらあくまでもシリアスであるようなのだ。そんなわけで、僕はグローバリズムな観点から地球連邦の平和維持に尽力すべく、検問に協力することにした。
 「申し訳ないが、簡単な身体検査をさせてもらいます」男はそういうと、僕をボディーチェックした。胸やケツを軽くモミモミされながら、まさかこのおっさんもホモやないやろなあと若干緊張する。イタリアにはホモのおっさんが多くて、しかも東洋人の青少年は彼らの人気の的ときているのだ。実はその前の日もローマ市内で何人ものおっさんに声をかけられ、あせった。
 しかし、おっさんはポケットのふくらみの財布やパスポートを見つけると「これを出してください」とクールに言った。ホモの恐怖から解放されたように僕は軽く胸をなでおろし、財布を出した。ちょっと変な感じがしたけれど。
 男は、僕の財布を手にとると、僕に見えるように中身を調べた。
 「ドラッグとか変なものは入っていませんよね」もちろん、その時はセーフ。
 財布の中身を開けながらざっと見ると、男は「ハイ失礼しました。気をつけて帰ってくださいね」
 そうして簡単なボディーチェックの後、男はBMWで去っていった。ああ。ドラッグ持ってなくてよかった。


 ところがである。ホテルに帰って財布を確認してみると、なんと財布の中に入っていた一万円札2枚が綺麗に消えていたのである。


 男が財布を手にしたときから僕は万が一のことを考えて彼の手元を凝視していたのだけど、いつの間に抜き取られたのかさっぱりわからない。いやはやプロの手先テクニックにやられてしまっていた。
 あわてて警察署に駆け込んで事情を話したけれど、若い警官(たぶん本物だと思う)は「こういう事例で金がもどってきたことはない。あきらめな」と軽く言った。
 かくしてペテンにかけられた風来坊の東洋人は牛肉のカルパッチョの夢をズバンと断たれ、駅の売店で三角ピザを食って、クソして寝たのであった。


 それからというもの、警察という言葉の裏には、常にいかがわしいインチキが待ち受けているものだと思うようになった。以後、猜疑心の固まりとなって放浪旅行を続けることになったのだけれど、そんな慎重さとは裏腹に、これでもかこれでもかとニセ警察官の受難がマンガのようにその後の僕を待ち受けていたのだった。
 
つづく