タイの回転大樽サーカス〈8〉

  前回に続いてタイの話である。
  今から思い出してもあの光景は夢か幻ではなかったのかと思える。いや。でも。きっとそれは現実に違いない。そう思える今、夢か幻になる前にその光景をここに書きとどめておこうと思う。


  それはコ・パンガンで浮かれた時を過ごし、スアンモウで瞑想の修行に励んだ後のことだった。タイ南部を更に南下し、たどり着いたマレーシアの国境に近いハジャイという街での出来事だった。
  そのとき偶然にもハジャイはお祭りの最中で、街は浮かれだった雰囲気の中、イルミネーションに照らされた人々の賑わいが楽しげな夜をつくりだしていた。
  ちなみに、日本のお祭りが神社の境内やその周辺で行われるように、タイではお寺の境内とその周辺がお祭りのメインスポットとなる。そこハジャイの大きなお寺でも参道から境内にかけて日本と同じような赤黄色い光を放つ夜店と人並みがあたりをうめつくしていた。
  タイの人々はお寺の本堂にお参りしたり、偉いお坊さんの蝋人形に見とれたり、お坊さんを交えたルール不明のゲームをしたり、それはそれは実に楽しそうなひと時を楽しんでおられた。
  僕の目当てはもっぱら夜店で、クモやタガメのから揚げ屋に驚愕したり、辛いソースをつけた串焼肉に舌鼓を打ったりしたのだけれど、忘れられない光景を見たのが、「回転大樽のサーカス」だった。


  「回転大樽のサーカス」というのは僕が勝手につけた名前で、タイ語でなんていうのかは知らない。その見世物は直径7~8mあろうかという超巨大な樽が高速で回転し、内側で控える少女たちが遠心力によって樽の内側の壁を歩いたり踊ったりするという驚異的なサーカス風アクロバットなのだ。
  その樽は直径が7~8mあり、当然ながら高さも目測で7~8mほどもあり、僕たち見物人は20バーツ(約60円)を払って、樽の回りに組まれた桟敷の最上部に円形に作られた観客席(席はもちろん回転しません)からその演技を見下ろす格好となる。


  「まもなく本日一回目の公演がはじまりま~す。みなさま上部観客席にお急ぎくださ~い」


  とアナウンスの声が。タイ語はよくわからないけれど私的言語伝達の可能性からするとまあそんなところに違いない。
  上から見下ろしていると、樽の内側の一番低いところにある小さな扉が開いて、チアリーダー風の衣装を着た5人のかわいいタイ娘が登場した。パチパチと観客から小さな拍手。
  5人のタイ娘は樽の底の隅に等間隔にしゃがみこむと、まもなく樽が回転をはじめた。初めゆっくり回りはじめた樽は、どんどんと早く速く回転速度を増し、上から見ていた僕は思わず吸い込まれそうになるほど、それは常軌を逸したスピードに達し始めていた。


  樽が最高回転に近づいたとき、それは起こった。ほんとにあれは現実の光景だったのだろうか。
  5人の少女は高速回転する樽の底で壁に張り付きそうになりながらも必死でウンチングスタイルを取り、こともあろうか5人が同時に放尿をはじめたのだ!


  信じられない光景だった。高速回転の遠心力のためどんどんと壁に押され、体制を整えながら5人の少女の股間からは(どうやらパンツは穿いているようでした)シャーシャーと黄金の液体がしぶきをあげ木材の壁面にシミを作っていった。
  僕は軽い興奮を覚え、回りを見渡したのだけれど、そこにいるのは子供連れのファミリーなタイ人たちが、何気にお祭りの夜を楽しんでいる風景が見えただけだった。つまり、それは変態オヤジのためのエッチ系放尿ショーの類では決して無くて、ここではしごく健全な祭りの風物詩のようなものらしかった。
  やがて、少女たちはすべての放尿を終えるとすっかり身軽になったように垂直の樽内部の壁を歩き回り、踊りまわりのパフォーマンスをはじめた。それはそれで大変素晴らしいサプライズだった。なんせ遠心力が働いているとはいえ、人間が真横になって壁をスタコラサッサと歩き回るのだから。
  演技が終了して、樽の底を見ると先ほど少女たちが残した放尿のシミがいまだ痕跡を残していて、「ああ。あれは夢ではなかったのだ」と自らの意識を確認した。僕はお祭りを後にし、場末のバーに陣取ると、それにしてもあの放尿にはどういう意味があったのだろうかと考えながら、ちびちびとビールを飲んで興奮を鎮めた。


  ジェットコースターに乗るとオモラシをしてしまう人が特に女性にいると聞くが、果たして遠心力がかかるとあんな風にチアリーダー姿でパンツを穿いたままでも放尿が全開となってしまうものなのか?
  
  そしてサーカスのプロモーター側でも(それは決してエッチな意味で無く)「放尿してしまうほどの遠心力と恐怖の中でサプライズなパフォーマンスを演じる」というショーの付加価値をアピールしているのだろうか?
  
  いろいろ考えてみたけれどよくわからなかった。そんなミステリアスなところが、これまたタイの魅力のひとつであるのかなあという結論に達し、その夜は寝ることにした。
  それはマレーシアに入る前日のことだった。