襟裳岬で一泊した話〈46〉

  今回は日本の話。
  20年近く前のことになるけど、僕は会社の出張で北海道によく行った。そこはある意味、異国の地のようだったのを思い出す。道内をレンタカーで旅した。それは目的がたとえ仕事であっても、異質な風景や異質な文化にふれ、美味しい食べ物や本土ではありえないような人情味を体験でき、人生を豊かにさせてくれる要素に満ちあふれていた。
  帯広で売り込みを終えて札幌に戻るとき、日勝峠を越えるのが最短ルートのはずなのに。
  僕が思ったのは

  「襟裳岬にいきたい」

  ということだった。
  札幌まではかなり遠回りになるけれど仕事のノルマは果たした。怖いものはない。僕は車の進路を海岸沿いに取ると南東の襟裳岬めがけてアクセルをふかした。
  季節は7月。車の窓を開けっ放し。澄み切った風がすべてを洗う。左手に広がる鉛色の太平洋。信号も人っ子一人もいないハイウエイ。気持ちよかった。
  「最果ての岬」にふさわしい荒れた岩の襟裳岬を眺めた。安そうなホテルにチェックインした。日が暮れると襟裳の町をぶらぶらと散策した。これが出張の醍醐味。まあ。歌にも歌われるように、たしかに何もない。
  もちろん何もないというのは「観光的とか飲食する上で」ということだ。そんな意味で、襟裳の暮れた町には普通の民家と古い物置小屋ばかり。吉田拓朗作曲の歌を森進一のモノマネで歌ってみても情況は好転することはない。ほんと何もない。
  腹減った。そう思った時、目前に小さな明かりが見えた。近づくとそれは怪しげな小さなスナックだった。僕は不安を顕わにしながらもギギギィィィ~とその扉を押した。
  中は意外に広かった。そして大勢の人がワイワイと酒盛りの宴を繰り広げていた。閑散とした外の北国の暗さとは対照的な喧騒。そして温かみに満ちあふれていた。
  素朴で美人。おそらくアイヌの血が混じっているネーチャンは僕に気づくと、席を作ってくれた。聞くと、今日は漁が終わった日であるという。そんなわけで地元の漁師が打ち上げ宴会で盛り上がっているらしい。見ると屈強な海の男たちが酔いしれている。
  頼んだビールをグビリと飲み込むとおっさんが話し掛けてきた。

  「おにいさん。どこから来たんだい。」

  ハイ。大阪です。

  「そうかあ。あのっ。大阪ってさあ。たこ焼きって美味いんだろう」

  それりゃもう。ホッペタが落ちまっせ。

  「へー。ヨダレが出てきたよ。そんな美味いもん死ぬまでに一度食べたいなあ」

  そんな話をしていたら、目の前に小鉢に入った突き出しが置かれた。それを見て驚愕した。

  たっぷりと盛られた生ウニ! ホントたっぷり。

  そう。この時期の北海道はウニの産卵時期である。旬の美味絶品!
  大阪で食べればこの突き出しだけでいったい何千円とられることやら。

  「メチャメチャ美味い。これが突き出しか!恐るべし北海道の襟裳」

  感動に痺れていると横のおっさんが言う。

  「なんだ。そんなもんが好きなのか? 俺のもやるよ。さあ食え。このあたりじゃ今の時期は毎日みんなウニ食ってるからもう飽き飽きだよ」

  そう言うとおっさんは箸もつけてない自分のウニの小鉢を僕の前に置いた。
  その後、他の漁師にもこう言った。
  「おまえのもよこせ。大阪のにーさんが好きなんだとよ。お。おまえも食ってないならよこせ」そして。

  僕の前に並んだ生ウニが7鉢!

  大阪で食べればいったい何万円になったのか? 新鮮さから考えると金では計算できない。そんな生ウニを食いちぎった夜だった。
  今でも目を閉じるとヨダレが滲み出る思いです~。ところ変われば喰いもんの価値も変わるなあ。
  そのおっさんがもし大阪に来たらタコ焼きを死ぬほどご馳走したいもんである。