ネパールから賄賂を払って国境を越えた話〈41〉

  ネパールからインドに向かった時のことである。
  僕が行きたかったのは、インド領内にある「クーシナガル」という街だった。そこは、お釈迦様がなくなられたところだ。
  カトマンズのバスターミナルでクーシナガル行きの切符を買って、夜行バスに乗り込んだ。
  ところが。朝になって目を覚ますと、そこはどうも「クーシナガル」とは違う町のようだった。それよりもなによりもまだインド領内に入っていないみたい。疑問を抱きながらオッサンに尋ねると、

  「あんた。ここは『クリシュナナガル』だよ。そう。ここはネパールだよ」

  なっ!なぬー。どうやら僕がカトマンズのターミナルで乗り込んだバスはネパール領の町である「クリシュナナガル行き」だったようだ。

  「クーシナガル」じゃなくって「クリシュナナガル」だったのだ!

  そらまあ切符売り場のオバハンにしてみれば、インド領内まで行くバスなんかないわけだから「クーシナガル」と「クリシュナナガル」を聞き間違えても仕方がないわけで、例えば大阪駅で「カナダまで大人1枚」って言ったら、金沢行きの切符が出てくるみたいなものかなあ。何にも考えてなくて、なんとアホな自分なのか!
  そんなわけで僕は困った。一体どうすればクーシナガルに行けるのか? いろいろと情報を集めるために、現地の英語がわかる人に尋ねまくった。そして次のことがわかった。

  ①今いるクリシュナナガルは、ネパール領の国境沿いの町で1kmほど歩けばインドの国境検問所がある。
  ②しかし、ネパールとインドの国境でツーリストが通過できるところは2箇所しかなくて、クリシュナナガルの国境はツーリストの通行が許されていない。
  ③ツーリストが通行できるインド国境の町に行くには再び一日かけてカトマンズに戻り、さらに夜行バスで一晩かかる。

  ある決意を秘めた僕は、1km先のインド国境目指してスタコラサッサと歩き出した。やがてボロボロの国境検問所が見えてきた。検問所のオッサンにパスポートを見せると彼は案の定こう言った。
  「にいちゃん。残念やけどここの国境は外人は通れないんだよ。通れるのはネパール人とインド人だけだよ」
  僕はすかさずポケットから100ルピー札(約200円ぐらいだったかなあ)を取り出すとオッサンにそれを差し出しこう言った。
  「オレはネパール人だよ」
  するとオッサン。

  「おおお。これは失礼したね。ネパールの方でしたか。さあどうぞどうぞ。お気をつけてインドの旅を」

  こうして僕はすんなり無難に国境を越えてインドに入った。ニセ警官にからまれながらもクーシナガルにたどり着き、その後バラナシからカルカッタまで突き進んだ。
  カルカッタでは日本人が多く泊まるゲストハウスに腰をおろし久しぶりに日本語での会話も楽しんだ。僕は国境検問所で賄賂を渡してインドに入った武勇伝を他のバックパッカーたちに自慢げに話していた。そんな中でこんなことをいわれた。

  「パスポートに入国のスタンプも押してもらってないじゃん。みつかったらヤバイんじゃないの?」

  インドのビザはあった。でも確かに、ヤバそうといえばその通り。そんなわけで日本領事館に行ってみた。窓口に出てきた日本人職員の方に「クリシュナナガルの国境を賄賂で入国しました。で、入国スタンプがありません。ヤバイかなと思って来ました。なんとかなるでしょうか?」
  するとその職員の方、顔を怒涛のように引き攣らせてこう言った。

  「あんた! これは大変なことですよ! 不法入国ですよ。犯罪ですよ。みつかったら大変だ。以前もあんたみたいなバックパッカーが同じようにして国境を越えて、捕まって裁判にまでなった。日本から親も呼び出されて裁判費用だけで200万円にもなったんだから~!」

  ひえ~。そんな大変なことやったのか~。なんとかインドのイミグレーションへ手紙を書いてもらい事なきを得て、安堵のカレーを食べるカルカッタの夜でした。