雨季のカンボジアで地雷を踏むところだった!?〈32〉

  タイ東部の町、アランヤプラテートから国境を越え、バスに乗ってアンコールワットのある町カンボジアのシェムリアップまで移動したことがある。乗った車は白タクまがいの怪しい乗り合いピックアップトラックだった。

  それは信じられないぐらい悲壮な旅だった。

  なにせアランヤからシェムリまで距離は100km程度なのだけど雨の降りかかる荷台に積まれ、荷物のように扱われた上、11時間もかかったのだから!
  未舗装の悪路は穴ぼこだらけで、ノロノロと速度が遅くてイライラするだけじゃなく、時に激しいボンピングが僕たちを襲い、屋根もない荷台でグチョグチョの雨にたたかれながら弾み飛ぶような車から振り落とされないよう必死に耐えつづけなければいけなかった。
  トラックの荷台の底には僕たちのバックパックが詰められ、その上にビニールシートを敷き、さらにその上に十数人のお客がギュウギュウ積めに乗っかるというぐあいだった。僕はバックパックの中のシャンプーや歯磨きが潰れて、面倒なことになるのか心配したけれど、雨季のインドシナの大粒の雨が降り注ぐと、そんなことを考える余裕もなくなった。乗客の半分は地元のカンボジア人で、あとの半分は外人バックパッカーだった。すぐ横にはけっこう美人なデンマーク人の豊満なネーチャンがいて、彼女とぴったり接触していた。正常な精神状態ならけっこう楽しいことだったのかもしれないが、「雨」と「振り落とされそう」と「先に進まない苛立ち」で、白人ネーチャンとの接触なんか、もうどうでもいい気分にまで落ち込んでいった。
  さらに雨が激しくなるとみんなの意見で下に敷いたビニールシートを被ることになった。しかし、ビニールシートを被るとそれをみんなで掴まねばならず、そうなると穴ぼこに突っ込んで車が飛び上がったときに振り落とされそうになるので、なんともまあ大変な状況が続くのだった。常夏の地域だけど体は冷えてブルブル震えた。
  ある時、車が、深い穴ぼこの水溜りに完全に片輪を落としてしまい動けなくなった。運転手の指示で全員が降ろされ、車を復帰させるためエンヤコラと後から押さなければいけない羽目になった。強く回転する後輪が跳ね上げるシブキで一人のカンボジア人が泥人形のようになったけど、彼は少しも憤りをあらわさず、代わりにデンマークのネーチャンが「あたしたちはお客なのよ!」と叫んでいた。

    車が復帰した後、休憩をとることになった。あたりは木も少ない平原だった。僕は小便をしようと草むらを分け入り道路から離れていった。そのとき後方の車からカンボジア人がクメール語で叫んだ。

  「×☆×〇〇※~〇××☆~※※!!」

  どうやら僕に何か言っているらしかったけど、意味もわからないし、それより小便がしたかったので無視して用を足した。
  車に戻ると数人が僕に駆け寄ってきて「×☆×〇〇※~〇××☆~※※!!」と言ったけれど、それでも僕は当然意味がわからなかった。少しだけ英語を話すカンボジア人の言葉を咀嚼しながら捕らえて、僕は凍りついた。彼が言うには、

  「地雷が埋まってるかもしれないから、あんまり道路から離れちゃダメだよ」

  カンボジアは内戦が終わって数年しかたっていない頃で、拳銃は一家に一丁は当たり前で、あちこちに地雷が埋まっているらしかった。確かにカンボジアでは片足を地雷に吹き飛ばされて松葉杖でヒョコヒョコ歩いている人がたくさん見受けられた。そしてこんなことも言われた。

  「でも地雷を踏んでも片足がなくなるだけ。死ぬことはまあないよ」

  そうなのだ。この地域に埋められた地雷は対戦車用とかではなく、人間の片足を落とすだけのタイプの小型の地雷であるらしい。こうしたタイプの小型の地雷は戦略上、そして人道上、優れた機能を持っているという。
  もし地雷で一人の人間を殺してしまっても、敵を一人減らすだけのことである。でも、足を片方落とした場合はマダ命があるのだから仲間の一人が彼を連れて戻るだろう。つまり、小型タイプの地雷は一度のアクションで二人の敵を前線から減らすことができるのだ。しかも命を奪うことなく。

     その後も数時間は雨に濡れながら荷台の上で荷物のように耐えた。僕の心は、片足を失わなかった安堵感と、もしもの恐怖、そしてあいかわらずの雨とギュウギュウ詰めのストレスの中で不思議な世界をさまよっていた。

     すっかり日も暮れてシェムリアップに着いた。雨は上っていた。いつもなら安い宿を探して地元のおっさん達と論争の駆け引きを繰り広げるところだけど、そんな元気もなく、それなりのホテルに連れていかれ、おとなしく泊まることにした。濡れた荷物を解いて干した。食堂でブッカケめしを食って、ビールを飲むと少し自分を取り戻せた。
  車を押して立ちションをしただけなのに、何だか凄いことをしたような気がした夜だった。