狂気の少年は仏様の化身だった?!〈35〉

  今回はちょっとマジな話。そして、少し長いです。
     タイのお寺「スアンモウ」で瞑想修行をしたことは、以前に書いたけど、その時、実はちょっと不思議な出来事がおこった。
  それは10日間の修行も中盤を過ぎたころだった。僕以外は欧米人で話もほとんど出来ないけれど、それでも参加者同士はそれなりに自然な笑顔を見せ合えるほど打ち解けていた。そんなある日、本来なら一番偉いお坊さんと一緒に講堂でお昼の瞑想をする時間なのだけど、なにやらその一番偉いお坊さんに緊急な用事が出来たらしく、僕たち参加者は講堂で自主瞑想とやらをすることとなった。
  あくまで強要されることはなくて、「やりたい人だけどうぞ」的な雰囲気でもあり、実際に講堂で自主瞑想をしていた参加者は10名ほどだけだった。
  木材の床に座禅を組んで目をつぶり、精神を無に集中させて、僕は宇宙との融合を試みるべく静かに呼吸を繰り返した。時折、外からニワトリの声が聞こえてきたけど、それでも僕は意識と無意識の狭間を漂いはじめた。

  その時突然、大きな打音がした!!

  僕、そして他の参加者も驚いて目を開けた。

  前方を見ると、講堂の演壇の上には一人の少年が立っていた。

  年齢は20歳ぐらいだったかもしれない。少年は、タイの僧侶が着るような黄色い袈裟に似た大きな布を肩に巻いていた。そして手には杖にも見える長い木の棒を握っていた。そしてその棒で床を時折たたいては、「ドン!ドン!」と、少し驚くような大きな音を立てた。
  いつもなら偉いお坊さんが座っている場所に、杖を持った不審な少年がノイジーな音とともに登場して、僕たちはあっけに取られた変な雰囲気だった。
  やがて少年は口を開くとこんなことを言った。解りにくいけど英語のようだった。

  「おまえたち★△〇×~%@仏陀の心がわかるのか?!@~%&〇×」

  僕たちは、ただ呆然とするだけだった。
  少年は僕たちの中の一人を指差すと

  「おまえ! ×%~@★! わかった?! 言ってみろ! ★△%~」

  と質問した。そして続けた。

  「おまえたちには何もわからん! しかし、俺にはわかる。この体と心が×〇%@#★△~?*〇〇$%#★★~!!@@&△★~!」

  そして棒で床を激しくたたいて威圧した音をたてた。

  表情を見ると明らかに狂気にとりつかれていた。

  どうやらその少年は、少し精神を病んだ仏教マニアといった感じだった。黄色い布を巻いて、自分が偉い僧侶になったように思い込んでいるのかもしれない。タイでは、お坊さんはスター的なあつかいだから、そんなこともあるのかなと思った。
  狂気の少年はそのあと数分間、僕たちのわからない言葉で説教をすると、

  演壇の上にある物を棒でメチャクチャに叩いて暴れはじめた!

  感じとしてはハザマカンペイ扮するおじいさんがステッキを振り回して舞台で大暴れする様に少し似ていた。
  演壇の上には本棚があって、少年が棒をヒットさせるとホコリが舞い上がり、紙キレがハラリと落ちた。
  「いったいどうなるんやろう・・・?」と心配したけれど、ひと通り暴れると、やがて少年は背中を向け演壇の奥にある出口からすんなりと帰っていった。

  僕たちは瞑想の修行を中断して、演壇に集まり、出口から少年の後姿を追ったけどもう見えなかった。オーストラリア人のニーチャンとイギリス人のオッサンが「あいつ何やねん。最悪やでキチガイが!」なんて言ってる横で、ドイツ人のネーチャン、マリオンが床に落ちた紙を拾って読んでいた。
  突然、そのマリオンがすっとんきょんな声をあげて叫んだ。

  「マジ?! これ面白いこと書いてあるわ。すっごい!!」

  みんながマリオンの回りにドヤドヤと集まった。
  狂気の少年が暴れて本棚から舞い落ちた一枚のその紙には、タイ語と英語の訳付きでこんなことが書かれていた。

  Treat Each Human Friend by Thinking that
  (以下日本語訳)
  彼は、私達とともに老い、悩み、死ぬ為に生まれた私達の友達です。
  彼は、変わりゆくこの世をともに泳ぎまわる私たちの友達です。
  彼は、カッコたる力の下の者であって時にヘマをやらかす。
  彼は、私以上に色情で、憎しみ深く、インチキ野郎ということはない。
  彼は、そんなわけで時折りヘマをやらかす。まるで私達のように。
  彼は、自分がなぜ生まれてきたか知らないし、ニルバーナがなにかも知らない。私達と同じように。
  彼は、アホだ。私達がアホだったように。
  彼は、常に自分が好きなことに関連したことをする。私達がしてきたように。
  彼もまた良くなりたいと考えている。私達が有名になりたいと思うように。
  彼は、チャンスがあれば頻繁に他人から何かをもっとせしめようとする。私達みたいに。
  彼には、私の為に生命をはったり、面倒を請け負う義務はない。
  彼は、セッカチでブッキラボウだ。私達にもそんな時がよくある。
  彼は、彼自身の家族に対する義務を背負っているが、私や私の家族に対しては当然無い。
  彼が、彼なりの価値観とやり方を持っているのは認めるべきだ。
  彼が、宗教とかなんでも自身が満足する選択をするのは認めるべきだ。
  彼が、私達と同じくらい神経質でキチガイなのは認めるべきだ。
  彼が、私達に同情と助けを求めるのは認めるべきだ。
  彼が、回りから寛大にあつかわれるのを認めるべきだ。
  彼が、彼の立場と一致した自由主義者なり社会主義者であることを認めるべきだ。
  彼が、他人への気遣いに気づく前に自分勝手であるのは認めるべきだ。
  彼は、人間で私達と同じ、やはりこの世界にいる。

  もし私達がこのように考えることができれば決して衝突と争いはおこらない。

  その黄ばんだA4紙にプリントされた印刷物は、過去にこのお寺での修行と勉強の為、英訳分も付け加えられたテキストの一部らしかった。

  マリオンが言う。   「この『彼』って、さっきの彼だよね? なんて言ったらいいの。偶然なの? それとも何かの啓示?」
  読めば読むほど、さきほどの狂気の少年に対する嫌悪感や怒りが、シャンティーに流されていくのを感じた。

  「さっきの彼、ひょっとして仏さんの化身じゃないの。私達に教えたいことがあったのよ!!」

  マリオンはそう言って興奮気味だったけど、確かにオーストラリア人もイギリス人も僕も不思議な気分でいっぱいだった。
  だって、嫌悪を及ぼすキチガイ少年が暴れて偶然落とした紙に、仏の言葉ともいえる説教文が書かれてあり、愚行を許すことに目覚めたのだから。
  今、その話を嫁にすると「それってお寺側のサービスで演じてくれたんとちゃうのん。筋書きがあって、話が出来すぎやんか」と言われるけれど、僕は「ノリ突込み」をする気分にもなれないぐらい、あれは本当に不思議な出来事だと思っている。
  マリオンがコピーしてみんなに配ってくれた、その紙は今でも僕の部屋にある。