タイのスリンの郊外の村でブラブラゴロゴロしていた時のことだ。そこはタイ東北部の僻地であり、文明のニオイの乏しいところだった。つまりめちゃ田舎だった。あたりは自然にあふれていた。
僕がそこにホームステイしていたちょうどその時、タイは大学の長期休暇の時期であり、村には都会の学校から戻ってきた学生などがウロウロとしていた。僕はそんなタイの大学生の数人と友達になり、夜になると一緒にビールを飲んでギターを弾いたりワイワイと楽しんでいた。
そんなある日、ホームステイしていた家の家主が数日間家を空けることになり、僕は一人で留守番をまかされることになった。異国の地で異邦人として一人で家を守らねばならぬことに緊張はしてみたものの、その村では家にカギをする人は変人あつかいされるぐらい治安の良いところなので、結局いつもの調子でゴロゴロしていた。
すると一人の学生が登場してこう言った。(みんな勝手に家の中に入ってくるのだ)
「家主がいないから、ここでパーティーをしようよ」
なんということか。家主がそんなこと知ったら大変なことになるかも知れんぞ。厳格な留守番を乱痴気騒ぎでケガすとはなんたることか。断じてそれは遺憾な事であり、イカンことなのだ。
「マリファナもあるよ」
僕は二つ返事でOKした。
パーティーといってもけっきょく僕を含めたいつもの4人が真昼間から酒を持って集結しただけのことだった。
最初はいつもの飲み会と変わらないようなウダウダした雰囲気だったが、そろそろマリファナでも吸おうということになった。
「タバコはあるか?」と聞かれた。
タイでよくやる簡単なマリファナの吸い方で、タバコの葉を揉み出してマリファナと混ぜて再び詰めなおすという方法のためである。でも僕は当時タバコを吸わなかった。
「ない」
「じゃあ何かパイプみたいな物はあるか?」
「そんなのもない」
すると3人の大学生はボソボソと僕のわからない言葉で相談しだした。やがて一人の学生が台所をもそもそと探し回りコーラだかジュースだかのガラス瓶を見つけた。
「あったで!」
「よっしゃあ!」
すかさずもう一人の学生が庭に連なる草ぼうぼうの原っぱで何かを探し出した。
もって帰ってきたのは三種類の植物の一部だった。
一つはスダチのような小さな柑橘類の実である。そしてもう一つはストローのような茎。さらにもう一つはネバネバの水分を含んだ草の繊維みたいなものだった。
彼らはまずスダチみたいな実を半分に割り、中身をくりぬいて真中に小さな穴をあけた。その穴にストローのような茎をきっちりと差込み、さらにその下部は水を入れたガラス瓶に入れる。さらに、もう一本ストロー茎を入れ、ネバネバの繊維でキツク巻いて詰め込み、空気が漏れる隙間をなくした。
それは自然を巧く利用した性能の良い水パイプだった。
火皿となったスダチにマリファナを入れ、火をつけてストロー茎から吸うと、煙は瓶の中の水をくぐってボコボコと軽快な音をたてた。冷やされて喉越しの良い煙に僕たちは酔いしれるとリラックスした楽しい時を過ごした。
何時間たっただろう。まだ陽は高かった。
誰かが「腹へった」と言った。「おらもへった」「おらもへった」と声が続いたあと、3人の学生はまたボソボソと相談し合った。その後、僕を家に残して3人はそれぞれ別の方向へと消えていった。
一番最初に戻ってきた奴が持って帰ってきた物を見て驚いた。
それは小さな器にいっぱいに入ったアリさんたちだった。
日本のアリとは少し違って赤茶色をしていた。このアリを食べるのだろうか。僕が疑惑の目つきで考え込んでいると、もう一人の学生が帰ってきた。彼は何やら葉っぱみたいな植物を袋に詰め込んで持っていた。
最後の一人が帰ってくるまで、少し時間がかかった。やがて太陽が西に傾きかけた頃、その一人がコイのようなナマズのような魚を数匹持って帰ってきた。一度家に帰って竿を取って川で釣ってきたのだと言った。
料理がはじまった。
タイの大学生はみんなこんなだろうか。魚のウロコと内臓を手馴れた雰囲気で取りさり、鍋に水と一緒にぶち込む。さらに葉っぱとアリ!を入れ、ナンプラーを垂らしグツグツと煮込むのだった。
出来上がりの外見はアリさえ入っていなければ「魚と野菜のスープ」と言ったところか。僕は最初遠慮したのだけど、3人があまり美味しそうに食べるので、なくならないうちいただく事にした。でも食べて驚いた。
ハーブの香りとよくマッチする酸っぱさが魚臭さを消してメチャメチャ美味かった!
葉っぱは当然ながら香草であり、アリの蟻酸は酸味のための調味料だったのだ。
夕日がとっぷりと暮れた頃、僕は満足感に満たされ、タイの青年達が自然の真っ只中で楽しむ術を身につけていることを悟った。金のことを言うなら、その日、僕が使った額は数本のビールとメコンウイスキー代の300円ほどであった。マリファナは自家製だったらしい。
残りの酒を飲み尽くし3人の学生はとっぷり暮れて涼しくなった田舎道を帰っていった。爽やかな風を受けて僕は庭の暗闇を見つめボケッとしていた。とても気持ちが良かった。自分の体が自然と同化しているように感じたイーサンの夜だった。