イルカと一緒にサーフィンした話〈17〉

  シドニーオリンピックの時、僕はオーストラリアにいた。僕の徳島時代からの友人のカッサンが旅行会社の駐在員としてシドニーにいたのをイイことに、彼の部屋に転がり込んでブラブラゴロゴロと数ヶ月過ごしたのだ。
  オーストラリア滞在中には楽しいことがたくさんあった。ウルリッヒの五輪優勝の瞬間もこの目で見たし、グレン・マンガムや白戸太朗とクラブで踊ったのも素敵な思い出だったに違いない。だけど、オーストラリアで一番インプレッシブな出来事はイルカ達と一緒にサーフィンを楽しんだことだ。きっとこれをもって他にない。
  僕が、オリンピックが終わってすっかり落ち着きを取り戻したシドニーの町を後にしたのはオーストラリア西海岸のパースへ向かうためだった。
  大陸横断列車でシドニーからインド洋の見えるパースまで丸二日間の旅。風景の変わらないナラボー平原を眺めてナチュラルトランスハイで過ごした僕は、パースに着くと一路ロットネス島という島に向かった。
  ロットネス島にはクオッカという巨大なネズミのような小さなカンガルーのようにも見える不思議に可愛い生物がそこらじゅうにいて自然との対話に胸が弾んだ。なにやらそこには原始の香りさえ漂う素朴な空間が広がっていた。
  うれしいことに島にはサーフィンができるビーチもあり、時折自称サーファーになる僕は着くなりさっそくレンタルサーフボード小脇に抱え、頭の高さほどの波がブレイクするポイントに飛び込んだ。
  そこのポイントでは中心あたりで割れた波が見事に左右に分かれて広がっていく。陸に向かって右側(つまりレギュラーの波)は綺麗にフェイスのスロープを作り出してとても乗りやすかった。しかし、陸に向かって左側の波(つまりグーフィーの波)はグジャグジャと汚く崩れてまともにサーフィンが楽しめる状態ではなかった。そんなわけで僕と白人の約8人ほどのサーファー達は中心あたりで波待ちをして、レギュラー方向へのライディングを楽しんでいた。
  そんな時である。一人の白人にいちゃんが「あれを見ろ!」と沖を指差し、すっとんきょんな声を上げた。光できらめく沖の波間を見ると、約10匹ほどの背びれをもった大きな生物がキラキラ光りながら大群でこちらに向かってくるではないか。

  サメの大群や! 殺される!

  僕はすっかり焦ってしまい、大急ぎで逃げるためボードを岸に反転させようとしたけど失敗してバランスを崩し手を滑らせて海中に頭から突っ込みバタバタと溺れてるみたいな格好になった。あたりを見回すとほかの白人ニーチャンやネーチャンまでもが、こんな感じで僕に言った。

  「はっはっはっはっは。おまえはアホか。何あわててんねん。ようみんかい。あれはイルカやぞ」

  野性のイルカを見たのは初めてだった。約10匹のイルカはポイントまで来ると、人間サーファーが波待ちをしているところから少し離れた場所で集まって浮かんでいた。何をしているか最初はよくわからなかったけど、次に大きな波が来た時にその謎か解けた。一人の人間サーファーがレギュラーの波に乗ってライディングすると同時に、一匹のイルカが反対側に走るグーフィーの波に乗ってフェイスの水面下すれすれを這うように進みはじめたのだ。

  イルカもサーフィンしとるがな!

  イルカは賢い動物だというけれど、なるほどなとうなずいた。人間が右で、イルカは左という暗黙のルールを自ら作り出し、波の勢いを借りてスピード感を楽しみ遊んでいる。後で陸に上がって観察してみると、それは確かに素晴らしい眺めだった。
  一つの大きい波が割れて左右に分かれて進みだすと(陸から見てるので)左手には人間がターンを繰り返し進み、まったく対照的にイルカが波の中をまるでチューブライディングするように右側へ走る。

  それは人間とイルカの素晴らしいコンビネーションパフォーマンスだ。お互いの利害関係に一抹の不安も見せず二種類の生物が共存しながら同じ波で楽しむ姿は感無量だった。

     でも夕暮れが近づくとすっかり波は小さくなって、僕達人間はユースホステルに向かい、イルカ達は自分達の寝床があるのかないのか沖のほうへと去っていった。
  その夜は大して疲れていなかったのだけど、ビールを一本飲むと妙に心が安らいだような気持ちになってすぐ眠りについてしまった。これが話しに聞くイルカの癒しのパワーなのかなあ。