ビッグバンを描き出す死後の世界の伝承 <インドネシア・ニアス島>〈14〉

  インドネシアにニアス島という島がある。スマトラ島の西に浮かぶ淡路島ぐらいの大きさの島である。
  僕は「ニセ警官に気をつけろ」シリーズで登場したマリファナにせ警官から運よく逃れたあと、その島で数週間を過ごした。
  ニアス島はサーフィンのメッカである。大きくてしかもライディングのしやすい綺麗な波が押し寄せ、エキサイティングな素晴らしいサーフィンを味わえる。だが、そこではサーフィン以外にも面白くて不思議に感じられることがいくつかあった。


  まず、ニアスの人々が住む村の造りについて僕はちょっとした驚きを受けた。
  村の中央広場には、石のモニュメントや、石のベンチ、道も石畳なら家のベースも巨石で出来ていて、なにやら巨石に彩られた風景であるのだ。


  ムー大陸をホウフツさせる巨石文明の名残を感じる石造りに満ち溢れた村。


  そのいたるところには、この民族の巨石加工に関する技術の深さを感じさせる痕跡があった。いつしか僕の思いは、遠く離れた南太平洋のイースター島までぶっ飛んで、太古の昔、遥か彼方の島々からニアスにたどり着いた人々の悠久のストーリーと結びつくほどだった。


  そうした巨石文明の名残と関係があるかどうか知らないけれど、地元の人が教えてくれたニアスの伝承の話がこれまた僕を不思議空間へと連れ去った。
  なんでも、あるおっさんによると、ニアスの言伝えでは、死後の世界はすべての事象と順序、そして時の流れが逆になるという。
  つまり、死後の世界では、フイルムの逆回しのように、人々は後ろ歩きで移動する。そして、便器からウンコを肛門へ吸い上げ、口から料理にして吐き出すのだ。当然その世界では人間は、火葬場から老人として生まれ、母親の膣の中へと消えていくことになる。また物事の価値観もサカサマで、例えばサーフィンをしたとしても(もちろんこの場合でも、サカサマなので波に吸い上げられながら後ろ向きにライディングをすることになるのかな)、ブチこけた下手くそライディングで「やったぜイエイ!」と喜び、胸をすくような完璧なカットバックをしたならば「俺って、情けない。もうサーフィンなんかヤメや。とほほほほ」と泣くことになるという、なんとも不可思議な世界なのだ。
  村のおっさんと片言英語でやりあった話なので、すべてが逆の世界とはいうけど、どこからどこまでがどうサカサマなのかは、よく分からない。ただ、おっさんが言うには、すべてが逆の世界とはいえ、個人の財産だけは生前と何も変わらず、貧乏人は死後の世界でも貧乏で、金持ちは金持ちのままだと言う。聞けば聞くほど不思議な伝承である。


  ふううん。と肯いてみたのだけれど、考えてみれば「フイルムの逆回しのような世界」と聞いて、僕はあることとそれを関連づけた。
  以前テレビで見たのだけれど、この宇宙はビッグバン以後どんどん膨張しているそうな。ところが、膨張がある地点まで行くと、今度は逆に全宇宙が収縮に向かって縮みはじめるという。収縮する宇宙ではすべての因果関係の順序は逆向きになり、先ほどの話と同じように、人々は後ろ向きに歩き、結果がおこってから原因の行動へとかりたてられるという。


  つまり、ニアス伝承の死後の世界は「ビッグバン収縮後の宇宙の未来」を表しているのだ。


  巨石文明を受け継ぐ南海の小島の伝承が、宇宙との交信があったムー大陸の流れから、古来より「ビッグバン」を最先端科学の理論として知っていたと考えるのはどうだろう。
  もしそうであるなら、死後の世界でも変わらないという、お金や財産の不変化は、さしずめ「エネルギー保存の法則」を表したものであると僕は考える。現在の宇宙理論によると、ビッグバンの膨張期と収縮期でもエネルギーは変わらないというから、それを人の財産になずらえて表現したのだろう。
  そう考えると、やっぱり、ニアス島はムー大陸の末裔が行き着いた島に違いないと思うのだけど。いずれにしても不思議な匂いのするところでした。